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マナくんちの部屋へようこそ!このページでは、文章書きが大好きなマナくんの日常や思いを綴っています。脳性まひという障害を持ちながらも、前向きな姿勢で毎日を過ごすマナくんの世界をご紹介します。 ここでは、マナくんの暮らしの原稿や心温まるコラム、思い出のスナップ写真などを通じて、障害を持ちながらも希望を持って生きる姿勢を感じていただけます。また、介護職員やヘルパーの助けを借りながら、電動車いすでの散歩やパソコンを使ったホームページ作成など、マナくんの日々の活動についても触れています。 食べ物好きのマナくんは、特にラーメンやうどん、握り寿司といった料理に目がありません。長野県喬木村を拠点に、不自由さのないマイナス面をプラスに変える生き方を実践しています。文章を書くことを通じて、自身の経験や思いを多くの人と共有することで、読者の皆様に勇気や希望を与えることができれば幸いです。(AIによる紹介文)


 子ども本を読まないのに なぜ書けるの? 子ども

 2025年9月

やりたいことがあって、それに向かって努力をする、周囲にも理解や協力を得ていく。その繰り返しの連続で、充実した人生路を進みたいものである。希望や夢をたくさん持っている人は、厚い壁に当たってくじけかけっこてしまいそうだが、目標ゴールができたとしたら達成感は大きい。けれど、多かれ少なかれ、人は誰もが生きるエネルギーに変換して、やがてよかったと思うのであろう。「よかったね」と、身近な人からの言葉があるとうれしくなる。なんて分かったように、哲学の方向へ入り込んでいくのか。


「いまの暮らしに少しでも変化があれば・・・」。電動車いす生活になると、外出の機会にとても不便を感じた。自宅と車で5分足らずのデイサービスを往復、さらには月一度ショートスティまでの数キロ程度のドライブ。これが可能な移動範囲だ。私の場合、介護タクシー補助券を使えばどこ車へでも行けるが、車から降りたあとの行動で充分なケアが確立されていないほかに、貸出車のため待ちタイムが加算となり、外出先から途中でタクシーに帰ってもらうと、それっきりの孤立状態。気軽なお出かけとは一概に言えそうもない。もう行き止まりかと思ってしまうが、過去のデータを引き出してみる。介護職員による運転プラスケアづきで、車両も車いすごと乗れるリフトを搭載しているが、当初は自力歩行だったから貸出車両は普通乗用車であった。そうだ、記憶にある移動支援事業(地域生活支援事業)。


乙巳(きのとみ)年が明けて寒中にさしかかったころだ。思いついたら人に相談もしないで、すぐさま実行する癖を持つ。担当介護支援専門員Aさんにすれば、ムカッとする気持ちになったと思う。それを覚悟で住書類民票がある村役場へ、問い合わせメールを送信する。介護保険サービスを利用している状態からみて、何か法の制限があるのでは・・・。もう自らあきらめへと傾きはじめそうだ。さて、望みがけはどうなるのか。「宮脇さんは対象になりますので、担当の介護支援専門員様と相談のうえ、申請をしてください」。待っている時間はほとんどなく、その日のうちに村役場より返答が届く。まさにスムーズ。


一人暮らしの私は、昨年暮れから支援団体(EBの会)と手を結び、生活のサポートを受けはじめる。利用が可能ならばタイムが過ぎるだけは損だと思い、EB会に連絡を取り移動支援事業の申請へとこぎつけた。その翌月に、市町村地域生活支援事業(移動支援事業)受給者証が郵送されてくる。関係各位に感謝をしながらも、つぎの壁が重い腰を下ろし待っていた。移動支援事業を受けるためには、それを取り扱う事業所選びが必須。15年近事務所く前にお世話になった事業所が、頼りのトップバッターだ。「確かに宮脇さんのことは覚えています。現在、私どもの事業所でも介護スタッフ不足が深刻なのです。地元ですから、受け入れたい気持ちはやまやまですが、何卒事情をご理解ください」。一方、障害児童のケースでは受け入れ事業もあるようだが、ネット検索だと成人対象事業所はヒットされない。4年前、お力をいただいた障害福祉サービスの担当・相談支援相談員さんに、お助け舟を出してみる。電話での相談は私にとって不便(言語障害と耳の遠さが相まって)で、うまく情報を伝えらずに済んでしまう。これではまずい。EB会にメールを送り、詳しい説明を再度伝えてもらった。「利用ができる移動支援事業所を知りたい」と・・・。


そののち、あるケア事業所に所属する理学療法士さんが訪ねてきた。「外出が思うようにできない人のために役に立ちたい・・・」。キャッチフレーズに共感を持ったけれど、何かが引っ掛かった感じだ。ケアマネAさん・EB会スタッフも同席の中、村役場からの市町村地域生活支援事業・受給者証を見てはくれたものの、お初の理学療法士さんは確認すらしない。「これはいったいどうなっているの。なんだか訳不明」。1回の外出に必要な利用料金は、同行での身体ケアを含めずともタクシー代より高めな金額かなとの印象だ。ケア事業所の連絡用メールアドレスへ、料金に関する質問を重ねるが、受給者証について話を出すとあとが進まない。壁はここにあったのか、思わず一言噴き出す。受給者証があるのだからなんとかなる。こんな思いで、再びネット検索にて新たな事業所探しに望みをかけてみた。タクシー代わりに通院で介護車両を利用する、ゴーカート退く支援者のあとを継ぐため、昨年秋に依頼をした支援団体の名前が登場。深い理由があってのことではなく、気が向かずに方向変換をして、生活支援などをEB会に委ねた経過がある。反省しきりの思いで、支援団体(以下、SN団体という)にお伺いを試みた。勇気が足りない私は、EB会スタッフに間へ入ってもらい、連絡情報をSN団体に伝えていく。ケアマネAさんのケアプランを参考にして、村役場へ提出する移動支援事業計画書の作成を進めるSN団体の姿勢に、感謝の気持ちへと変わっていた。地方自治体単位での事業であり、村役場は許可を出すために、隣接する自治体のSN団体に何らかの調整をしたらしい。


ここまでに至った時間は予想外れだった。けれど、いまの事情に触れながら目的達成へとコマが進む。が、またまた、その先でつまずき両膝が地面につく。「お風呂に入れてもらい、お昼ご飯と午後3時お茶を飲み、帰宅する」。デイサービス利用日が退屈で、午前中の入浴が終わったら家に帰って食事を摂り、午後はパソコンで書き物をしたい。わがままな希望が通るとするなら、移動支援事業を使うのがベストか。ケアマネAさんが賛成に回り、もはや動かなハテナい案だと思った。数日後、SN団体からのメールには驚いた。「デイサービスからの帰りは、移動支援を利用することはできません」。村役場のことづけであった。ではショートスティから帰宅する場合は、移動支援を使えるのはどうしてなのか。その答えは、前者は公的サービス内の送迎となり、有償送迎が後者となるとの説明。従い、サービスの二重利用はデイサービスから発生する。100点満点とはならずとも、外出の機会が広がることは間違いなし。


「やりたいことは何かありますか」。私の担当ケアマネになったAさんが、最初に聞いた質問。退院間近、ベッドに身体を横にして、Aさんにこう答える。「生まれ育った村で暮らしていきたい。地域の中へ飛び込めるように努力をしていく」。ほぼ寝たきりの状態で、可動範囲がままならない自分には、果たしてやりたいことにしてよいのか。いや、この程度の希望がないとダメだ。居宅サービス計画書に「利用者及び家族の生活に対する意向を踏まえた課題分析の結果」の項目があり、木造の校舎そこの空欄に私の言葉が埋まった。2年ほど前には別の目標を追加する。「学校へ自ら出向き、子どもたちと触れ合いの機会を持ち、身近にいろんな人がいて社会があることを知ってもらえたら・・・」。講演なんていう大げさなものでなく、児童とのコミュニケーションの場が広がればと思った次第。これらの目標には、移動支援事業利用が欠かせないと感じている。


手をつなぐ今回の挑戦、公的サービス(移動支援事業)利用許可の意義は非常に多い。ケアマネAさん、私の脚となるSN団体、新しい家族となったEB会と、いままで以上によい関係を築き、自宅生活の向上へとつなげていきたい。

2025/09/23

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